アート

モデリングの風景画家ーコンスタブルー

東京都の緊急事態宣言が5月末までの延長に伴い、三菱一号美術館で開催されていたテート美術館所蔵コンスタブル展もおそらく閉鎖のまま終了するのではないかと思われます。幸い閉館直前の4月24日に観に行くことができたのでレビューを書いてみます。

日本国内ではそれほど知名度のあるとは言いにくい英国の風景画家のコンスタブルであるが教科書的に説明すると「19世紀イギリスにおいてロンドン郊外やソールズベリーの農村風景を中心に描いた画家。野外での制作を中心に行い、後のフランス印象派に影響を与えるとともに自然や気象の詳細な観察による描写は精神的世界の表現を実現している。」となるだろう(美術出版社『西洋美術史』を編纂)。今回の回顧展を通じて知りえた上記説明には書ききれていない風景画家コンスタブルの独自性や時代性について考察してみる。

ジョン・コンスタブル(1776-1837)彼の生涯の概要はWikipediaに譲るとして「裕福な製粉業者の子」つまり市民階級出身。画家を志したのも、キャリアとして成功し始めたのも比較的遅めの「大器晩成」と言える。当時の画家の収入源として肖像画は大きな要素であった。今回の展覧会で一部コンスタブルによる肖像画が出品されているがそれほど作品数として多くはない印象だ。もしかして個人蔵としてコンスタブルによる肖像画が実はイギリス国内にいくつもあるのかもしれない。実家が裕福だから金銭的には困まることがなかったのかもしれないが、コンスタブルがどのように生計を立てていたのかは少々気になるところだ。

コンスタブルが生きた時代を歴史的観点で見ると

  • 18世紀中ごろからの産業革命
  • フランス革命(1789)
  • ナポレオン戦争(1799-1815)
  • グレートブリテン及びアイルランド連合王国成立(1801)

今回、改めて調べてみると19世紀前半ヨーロッパは想像以上に激動の時代であった。その中でイギリス本国は戦場となることはなく、ヨーロッパ大陸が戦火で荒れる中、独自の文化や経済の発展を遂げたとのではないだろうか。風景画というジャンルはコンスタブル以前から存在はしていたが、まだ歴史画や肖像画が主流とされる時代であり、風景はあくまで添え物的立ち位置であったと言えるだろう。19世紀イギリスというヨーロッパ内で独自の地政条件が整った環境で風景画が独立したジャンルとして成熟していった事実は実に興味深い。

さて、前置きが長くなったがコンスタブルの作品を実際に見ていく。

  1. 屋外での制作を中心に行っている
  2. 光や空気といった刻々と変化する事象を絵画に捉えている
  3. 画壇(サロン)の主流とされていない自然や実際の人々をモチーフとしている

といった特徴からコンスタブルは印象派の先駆けとして位置づけとされている。そのことは前期印象派の風景画家の代表シスレー(彼はフランス生まれのイギリス人)との対比を行うとよく分かる。19世紀前半にイギリスでコンスタブルが生み出した手法を、シスレーは印象派の流れで後継者となっていったことが理解できるだろう。

Flatford Mill ('Scene on a Navigable River') 1816-7 John Constable 1776-1837 Bequeathed by Miss Isabel Constable as the gift of Maria Louisa, Isabel and Lionel Bicknell Constable 1888 http://www.tate.org.uk/art/work/N01273
Alfred Sisley (1839-1899). "L'Allée des châtaigniers à La Celle-Saint-Cloud, 1865". Musée des Beaux-Arts de la Ville de Paris, Petit Palais.

左は今回のコンスタブル展のポスターにも利用されているコンスタブル 《フラットフォードの製粉所(航行可能な川の情景)》1816-17。夏の頃と思われる明るい陽光の農村風景が描かれている。画題ともなっている製粉所を画面左中央に配し、太陽の光を反射する川の流れが正面の子馬に乗った童子へと繋がっている。川の対岸、および少し奥まった位置には日々の作業をする農民の姿が描かれ、牧歌的で平和な光景と言える。

右はシスレーによる《フォンテーヌブローの森の端》1865。こちらは風景画としての要素がより純化されており、パリ郊外フォンテーヌブローの森の木々とごつごつした岩肌の対比を躍動感のある筆致で表現されており前期印象派らしい風景画と言える。

ここまでは画集を見ながらもアナライズできる内容である。今回の大回顧展において実際の作品をいくつも見て発見したのは、コンスタブルは「屋外での制作」を行い「移ろいゆく光や空気を」「自然をモチーフに」きわめて構築的(モデリング的)に描いているということだ。言葉で表現をすると矛盾した内容に思えるかもしれないが、先ほど取り上げた《フラットフォードの製粉所》をもう一度見てみよう。

分かりやすいように補助線を入れることで、この作品はあたかも3Dモデルを作成するかのように計算された構図で描かれていることが分かる。遠景の製粉所に向けて手前、中景それぞれに遠近感を持った地面が描かれ、さらには垂直方向(高さ)を表現するための木立が、画面中央を横断する形で、遠近法を利用して描かれている。絵画という2次元の世界ではあるが、鑑賞者に3次元の空間の広がりを感じさせ、太陽の光を浴びた空気や土の臭い。川のせせらぎや日差しによる火照りを冷ます清涼感のある風。といったコンスタブル自身が感じた聴覚や嗅覚といった感覚を伝えることに成功している。

遠近法の手法自体はルネサンス期に大きく発展した古典的技法であり目新しいものではない。コンスタブルは古典的の技法を活用し-計算された構図による歴史画を描くかのように-自然の風景をそのまま切り出したような風景画を作り出している。

印象派では刻々と変化する光を重視しまさに印象を画面上に描いていた。一方コンスタブルは3次元の空間に着目し画面上に立体空間を作ることを模索していたのではないだろうか。今回のコンスタブル展は200年という時を経て、彼の作品の現代性を改めて発見させられる展覧会であったといえるだろう。

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